この当時、少年マガジン(週刊コミック誌)で「あしたのジョー」が連載されていました。
主人公矢吹ジョーの少年院での自主トレ、これは段平のいわゆるボクシングオタクから来る手紙―明日のために―にもとづいてなされていく姿に私達政治犯は自己投射していました。
――正月料理は特別食でした。もちの上に小豆のあんこをたっぷりとかけたものはうまかった。
統一救援連絡センターからは週一の面会、花の差し入れがあり、見も知らない人からの支援もあった。
私みたいな地方大学からの上京グループは、都会に住んでいる知人はいない。面会もないので孤立しやすい。
ここで統一公判(10~11月安保闘争被告団)として一まとめにした大裁判を要求するグループができましたが、裁判所はこれを結局20グループごとに分けて分離裁判をすることになったのです。
4~5月になると、保釈申請の問題が起きてきます。証拠隠滅のおそれ、逃亡のおそれがなく住所が一定である場合には原則として保釈許可がなされます。
本人かまたは家族ができるのですが、親の理解がない私の場合は本人申請です。
本人申請のケースは保釈が許可されるのは少ないです
統一救対や党派の「青華社」の指導はありました。保釈にかかわる書類資料が送られてきます。それを参考にして保釈申請を東京地裁第4部に出すのですが、ことごとく却下されました。
逃亡のおそれは誰にでもあるのですが、これは保証人を付けてその保証人が責任をもって本人を出廷させますという誓約があればいいのです。証拠隠滅のおそれとは、私の場合現行犯逮捕ですから、ありはしない。
それで2ヶ月ごとに保釈申請をしました。その都度、オリの外に行ける楽しみがあります。中野区のオリから東京地裁のあるところまでバスで行きます。
バスの窓から見る外の景色はいいもんです。街を行き交う人を見て、外の日常はうらやましくもあります。
保釈裁判が開かれ、そこで意見が云えるのですが、たったの5分です。不当な長期拘留は思想転換の強制ですよね。
独居房の生活はだんだんと精神に変調をきたしてきます。静かに時間が流れます。
狭い空間にとじこめられていると、かつて自由に動いていた―下宿―バイト先―大学―のトライアングルが恋しくなります。
何よりも人との対話がほとんどありません。
6月頃から、本を読むことが、できなくなっていました。―文章をきちんと理解しているのかどうかに執着して、前に進めません。理解が前に進むことができなくなってきました。
誰とも対話しないのがいけません。
これは後になって私にもわかったことですが、強迫性障害です。文字を読んでいくのですが、理解できてはいないのではないだろうかと不安や恐怖に駆られてしまい、それを打ち消すために前の文章を繰り返し読んでいく確認が必要となってきました。これでは本を読むことができません。
こうした症状は9ヶ月目の拘留時におきました。私の精神が本を読むことに苦痛を感じるようになりました。
そこで私は開き直り、本を読むことをやめ、何もしないでじっとしている安逸の生活に転換しました。
考えるということが、現実の対象物との関係性においてのみ存在し得るということです。
未決(起訴されて判決が出るまでの期間)拘留が長く続くとこうなるということが経験できました。
保釈後社会復帰して再び活動に復帰しましたが、この症状は残り、不眠症になっていました。
一種の心身症です。だが、私の場合はそれほど深い精神のキズではなかったのでしょう。以前の自分にいつの間にか立ち返っていました。
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