かくしてアメリカの地をはじめて踏むことができました。
アメリカでの身元保証人となってくれた松山大学の××先生が空港に迎えにきてくれました。
近所のよしみです。先生のお宅は、スタンフォード大学のすぐそばで翌日案内していただきました。
私のお願いで、パルアルト市の古本屋にも連れて行ってもらいました。天井の高い立派な建物で、そびえたっている本棚にはハシゴが並べられています。
きちんと本が分類されています。地政学的な本が多く、国別に分類されていました。日本に関する本も20~30冊ぐらいはありました。
翌々日が日曜日でしたので、新聞でさがしてガレッジセールに出かけました。アメリカ人が読む本はどんな本なのか関心を持って見ていたと思います。
先生のお宅を出て、一人でシスコの中心街に帰ってきて2日ほどいました。
カリフォルニア大学バークレー校に行ってみることにしました。大学周辺に2,3の古本屋がありました。そこでアメコミと呼ばれるものを5~6冊買いました。ここからアメリカのベトナム反戦闘争が始まったのだという思いでいっぱいでした。
私も又日本で闘った一人ですので、感激しているわけです。
そこから下っていくと、キリスト教教会に男二人と女一人のヒッピーがいました。ジーパンからケツが出ている服装でギターをひいていました。
彼らに声をかけましたが、どんなことを云ったのかは忘れました。
すこし時間が経つと、そのうちの一人が何かを買ってくるのでいくらかのマネーを出してくれないかと云ってきました。
10分、20分経っても帰ってこないので持ち逃げされたと思っていると、彼は手にいっぱいの買い物袋をドザと持ってきました。当時アメリカのほうが物価は安かったから、いっぱいの買い物です。
袋の中からビールをとり出して飲み始めたのですが、そこでちょっと彼らはおかしな行動をとるのです。ビンのビールを紙袋に包んでこれで飲めというのです。どうしてかと云うと何も云わない。
たぶん、昼間しかも公共の場所でビールを飲むのは、市の条例かなにかで禁止されていたのではないでしょうか。
せめてもの権力への配慮で、隠して飲んだのではと推測します。
しばらくして、この教会の前に一人の老婆が手押し車で通りかかりました。
すると、カゴの中から、食料とリンゴをとり出して配り始めました。
私のつたない英語で、どうして彼らに献げるのかたずねると彼女は「彼らヒッピーは何一つ悪いことをしていない、社会に迷惑をかけてない」「楽しんでいるだけだ」と説明してくれました。
この近くでチャリティのビラをひろい、今も私の宝物としています。
“HOMELESS BUT NOT HELPLESS WITH
PSYCOTIC PINEAPPLE”
私のベトナム反戦―ヒッピー―パイナップルの連鎖がここにあります。私の生き方でもあります。
私自身、ベトナム反戦―安保・沖縄の闘いに若き日を過ごし、ベトナム戦争への徴兵忌避をしていたヒッピー、ホームレスへの共感・心象が重なってきます。
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