アメリカでの調査は2度行きましたが、出店は断念しました。一度目は西海岸、二度目は東海岸へ行きました。アメリカでの在留日本人はあちこちに住んでいて、日本人が集まる地域がわからない。断念しました。
(中国・上海・シンガポール・タイにもいきました。中国では法的規制がきびしく文化局でチェックされます。一冊一冊の本に許可証がいるのです。こんなことをしていたら採算が合いません。気乗りがしません。)
それからしばらくしてから、地元銀行の香港駐在員が転勤で松山に帰ってきていました。
元駐在員との話の中で、それだったら香港でやったらどうかとささやかれました。
これは「悪魔のささやき」となりました。この当時は松山ー香港の直行便(海外コンテナ)もありました。
企業の海外進出もさかんにいわれていた時代です。
よし行こうと勇気を奮い立たせ、1994年3月、市場調査に行きました。
現地では松山のある銀行の支店長が、香港人の通訳を一人つけてくれました。
その通訳は、香港のフリーの銀行員でしたが、日本語は話せませんが、英語で会話をしました。
こういう場合、香港人だからといって香港の社会や、この場合「書店」ということになりますが、何もかも知っているわけではありません。
まず適当な店舗・テナントを見つけなければなりません。日本人が沢山住んでいるところ、小・中学校のそば、日系デパートの周辺をさがしました。
香港は、テナント料が高いところです。ストリートに面したところはびっくりするほど高い。
日本人が集まる場所、地下鉄(MTR)の入口、ミニバスがよく発着する場所を丹念にさがして、商業ビルの2階(日本では3階)が見つかりました。
ビルの入口柱の張り紙を見てオーナーに電話して会いました。
次の日、日本に帰る予定でしたので、とりあえず契約書をもらうこと、料金を聞き出すことにして、日本に帰ってから決めることにしました。契約書の雛形を見てあらかた理解できます。
イギリス法での難しい単語、文法も使い回しがあってだいたいしか理解できません。日本と異なっているのは、双方(貸主と借主)が異があれば契約解除ができるということです。
貸主が、もっと高く借りてくれる人が現れれば退去を要求できる点です。
その他の点ではほぼ日本と同じです。日本のように保証人は要求しません。
契約金を支払い、サインをして香港に送りました。
決定をしてからすぐにこの松山から商品(本・雑誌)を送る準備にとりかかりました。
貿易業務をやってくれる代行業者もすぐに見つかりました。
コミック・文庫・雑誌を各店から集め、段ボールに詰め込む作業を一週間でやり遂げ、300個ほどコンテナに詰めました。
それにスティール製本棚を積み込んで、これでOKです。
5日ほどで香港に到着しました。すぐに香港に向かい、1週間ほどで、店づくりにとりかかり、完成しました。
4月中旬ですが、日本の真夏日の気温での作業は大変でした。
従業員の募集をしたり、照明を変更したり、レジ用品を売っているところを探しては集めました。ビジネスが動き始めました。
いろんな香港人が協力してくれたり、質問に合いました。
どうにかスタッフも3名集まりました。名前を呼ぶのに広東語では覚えられません。しかし、心配は要りません。香港人は必ず英語ネームを持っています。
一番苦労したのはムシムシした上での暑さです。安ホテルに泊まっているので冷房がサッパリ効かないのです。
しかし、私には若さ=体力がありました。
テナント探しから開店までわずか40日ほどでした。
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