岡山県警は、ウソを云った。
「石は支援の学生グループが先に投げたものを、隊員13人がとっさに投げ返したもの」であると。
現場にいたものとしてはっきりと今でも思い出すことができます。
石を投げ始めたのは、上の方にいた自衛隊員のかたまりです。その時先頭にいた自衛隊員は、小競り合いをしていました。木銃を持っていたので、石は投げられません。
私自身はまさか自衛隊が石を投げるとは思いませんでした。
現場で指揮をとっていた私は、坂なのでただ下の地面を見ていたらパラパラと石が落ちてくるので、何が起きたのかわかりませんでした。
何が起きたのか―一瞬思考が停止してから上を見上げると次から次へと石が空に舞っていました。
①先に石を投げたのは自衛隊である。坂道の上にいた自衛隊員である。
②坂道の下方にいた抗議団は上の方に投げ返したのかどうか。上方から最初に投げてきたのに対応して我々は下方にジリジリ下がっているので、上に向って投げ返すことは無理である。
(長い長い明治から続く日本原演習場返還運動の一コマである。)
この後岡山県警では、徳島大学学生の活動家、反戦労働者への参考人としての呼び出しが始まりました。
私は、この呼び出しに応じませんでした。すると翌日逮捕状が出てしまいました。
状況を見てから出頭しようと逃亡を企てていたのですが、間抜けな私は県警の網に引っ掛かってしまったのです。
いつもよく行っていた喫茶店に行ったのが運の尽きです。
二階にある喫茶店に入り、モーニングを注文しました。
前の席に二人の男が週刊誌を読んでいるのが目に留まりました。彼らは私を見返してきません。
これはヤバイと思っていましたが、トイレに行って帰ってくると、この二人がいませんでした。
コーヒーを飲もうとすると、三人の男に「おい、これが出とるぜ」と逮捕令状を見せられました。
県警は粋なこともする。私も召喚状を見て確認し立ち上がろうとすると、「いや、せっかく注文したんだから食っていけ」と云うではありませんか。
私も座って、コーヒーとパンを食べました。警察に見守られながらの朝食というのは、粋な計らいです。
それでレジに行ってお金を清算して「はい、手錠をかけてください」と云うと「いや、それはせん」と云います。
一階に下りていくとパトカーがお待ちかねです。パトカーの無線で早速、これこれの人物を逮捕したと本部に連絡を入れます。
取り調べはゆるく、2泊3日でポイ捨てでした。
この投石事件の処罰はこれで終わりです。
①岡山県警は二重のミステイクをしています。
1976年、この抗議活動が事前にわかっているにもかかわらず出動しなかったことです。
自衛隊にはデモ隊の警備活動をする権限はありません。演習場の外は、県警の守備・カテゴリーです。
②当日になって自衛隊が直接警備の前面に立たざるをえず、どう対処するのかが隊員の間で確認されておらず、指揮系統が確立していなかったこと。
③自衛隊の投石を制止できなかったこと。
自衛隊は国土や国民を侵略から守ることであって、日本国民に石を投げつける行為はモラルもあったものではない。
まさか投石を行った自衛隊員を起訴するわけにはいかないから、喧嘩両成敗としたのです。
したがってこの事件は、県警本部と自衛隊の警備を担当する第13特科連隊の責任問題であったのですが、「抗議団側が投石をしてこれを防止しようとした。自衛隊側にも少し行き過ぎがあった」となりました。
最初から日本原闘争を支援し続けてきたのはプロ青同の人達です。
解放派はその呼びかけにこたえたのです。共同戦線の闘いでした。
解放派は取り組み始めた頃、プロ青同の現闘小屋を利用させていただいたり、現地農民との共闘ができたのもプロ青同のおかげです。
援農作業で乳牛のえさ枯草をサイロに積み込んでおさえていく作業は甘い香りがして楽しかったです。
スムーズに現地に入れていったのは、プロ青同がきちんとした組織であったこと、党派的な利害ではなく、日本原農民の闘いに連帯し、支援し、勝利しよう、成功しようという気持ち・倫理観がありました。
プロ青同の功績に栄光あれ。
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