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第6章 闘いの備忘録 6 私の闘いは何であったのか 118

写楽堂

岡山での7年間の闘いは、日本原投石事件でもって終わりとなりました。
ひとまず身を引こうと思いました。自分がやってきたことに対する整理がつかないのです。

高松から岡山水島にやってきたのは7年前、高松にいた頃にはわからなかった日本資本主義の心臓部に立って私は考えました。
水島コンビナートの煙突からの濛々たる排煙と炎、鷲羽山ハイウェイから眺めた景色に圧倒されました。
鷲羽山の周辺には大きな木がなくむき出しの岩だらけです。あゝ、これが資本制大工場の発達がもたらす破壊的作用なのだと一人納得していました。

この大工場(川崎製鉄、三菱自動車、旭化成、ENEOS、サノヤス造船)の下で下請、孫請があり、差別的構造の下で労働者はあえいでいると思ったりもしました。

岡山に来て活動をしていた7年間には、ずいぶんと闘いに参加してきました。1972年5月15日には私は明治公園の集会、デモの中にいました。
水島での不当解雇を撤回すべく、ビラ貼りもよくやりました。当時はまだ電柱に防止ベルトをつけていませんでした。
一人がのりをバケツの中で溶かして持ち、もう一人がステッカーをベタベタくっつけていく作業です。
水島共闘会議内メンバーは、昼間働いて、夜は会議、ビラ印刷、ステッカー貼りです。

この私は、ルンペンプロレタリアです。少しのバイトと、仲間からのカンパ(義援金みたいなもの)でやりくりしていました。
こうした中でも、8・6広島反戦集会がありました。佐藤首相が広島に来て原爆慰霊碑に参拝することに反対する闘いでした。
まだ各全学連は多くの動員力を持っていました。広島駅のコンコースの中をデモしたのを覚えています。

この時を機に広島、徳島の仲間と共同戦線・統一戦線を組んでいった。
私はたびたび上京しなければなりませんでした。何故なら、69年10-11月闘争の統一被告であり、公判に被告として「出廷しろ」との召喚状が出されているからです。
出廷しないと保釈が取り消される恐れがあったからです。

この時は、社青同建設がいわれていた時でもあった。私はむしろ革労協というよりは社青同にこだわっていました。あくまで行動委員会から党建設へという路線です。よく渋谷の道玄坂にあった社青同の事務所にも立ち寄りました。

私が東京にいた頃(裁判のための上京)は、総評青年部をめぐる主導権争いとか、早大でのK派との闘いがありました。日比谷野音での集会では、権力の前でK派は堂々と鉄パイプを持込、わが解放派は旗ザオ(竹製)だけでぶつかっていくのを見て、何度も血まみれになりながらも突っ込んでいく反帝学評の学生部隊を目撃しました。

総評青年部といってもほとんどが官公労・国鉄・動力社労組です。つまり、一定の身分・賃金が保証された人たちです。本工と呼ばれた人達であり、下請けの人達は未組織であり、労働組合もありません。今の格差社会は既に存在していたのです。
それを法律的に制度として地位を保全したのが、小泉首相時の行政改革です。日本の代表的な大企業の労働者は同盟として、政治闘争には加わらない。こうした事情があったにせよ、労働運動史上では総評青年部の反戦・反合理化の闘いの決起には評価しうるものがありました。
社会党がとりくんだ反戦青年委員会の運動もありました。私にはこれらの潮流がそれ以後どうして衰退していったのか、問題が大き過ぎて解説できません。

だが、フランスの革命やロシアの革命は、何も組織化された党組織=インテリ集団があったからだけでは起こらなかったと思います。
バスチーユの監獄を襲って武器を奪ったのは、市民と言われる人たちではなかったのか。パリは国際的な都市でしたから。そこにいた外国人やルンペンプロレタリアートではなかったのでしょうか。
ロシア革命は、帝政の下に多くの人が農奴であり、流浪している人々の群れが、ナロードニキ運動に目覚めていったから起きたのです。革命などということはそう簡単なものではないのです。

フランスやロシアのテロリスト・革命家が成功したのは、これらの下層にいた労働者、虐げられた人々という、大きな海があったからです。王政や帝政が如何に立派な監獄をつくって人々の首をはねようとも、これらの革命にはかなわなかったのは大きな海があったからです。人民の海を制御することは人間にはできない。たとえ、王朝といえども支配はすれど人々をコントロールはできなかったのです。
王朝にはできないが、労働者や市民の闘いはこうした分断支配を断ち切ってしまうこともできる可能性があるのです。

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基本情報

名称写楽堂
フリガナシャラクドウ
住所791-8006 松山市安城寺町966-1
アクセス伊予鉄高浜線衣山駅より2.6km
電話番号0120-965-525
メールアドレスsharakudou21@nifty.com
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