1972年春、私は岡山県倉敷市にいた。
倉敷市には、鉄・自動車・石油・繊維などの大コンビナートがあります。
そこでは、安保闘争のみならず、職域での闘いがありました。
69~70年の大闘争は、日本中の大地をゆり動かしていました。
ここでも私はまたまた日共・民青との対決を余儀なくされたのですが、内容のある行動委員会、団結のすばらしさ、人間関係の構築ということを学んでいました。
実際に闘っている人は、個性的でもあり、魅力のある人達でした。
個別職場の闘い(賃上げ、合理化)と政治闘争の課題にきちんと向き合っていました。後に倉敷・水島労働者共闘会議の結成で、いろんな問題を討議し参加しました。
反安保労研を水島・倉敷でやったところ、100名以上の人が中国・四国地方から集まりました。集会・デモもやりました。8・6広島反戦集会にもよく参加しました。
倉敷には大企業が水島地区に集まっています。大企業の下には元請・下請の企業、人夫出しの企業と何層にも重なっています。
当時労働災害も多く発生し、重大事故も起きていました。外には粉煙などの公害をまき散らし、うちには労災事故が頻繁に起きていました。人命軽視の工場経営です。
ある時、一人の労働者から訴えがありました。「職場から転落して腰を打ったのだが、病院に連れていかれ湿布薬をくれただけで、治らない。
もう一年も経つ。このままでは食っていけない。」
この件は、労働監督署にも労災申請がなされていたのですが、却下されています。何のことはない。事故直後に運ばれていった病院医師が「単なる打ち身」として処理しているのです。
これでは労災認定がされるはずがありません。
それで、共闘会議と御本人とで事故直後の診断書(レントゲン)を開示してくれと当病院に行ったところ、その初診医師からあっさりと開示がありました。
共闘会議の中にも医師がおり、これは打ち身ではなく骨折であると判断しました。
レントゲンに写っているこの部分は明らかに骨折ではないかと追及すると、「もとからあったものではないか」と詭弁を使います。
国も労働災害を減らそうと、企業に指導して、職場での安全対策をとらせています。
それでも労災事故は起きてきます。労働監督署は立ち入り検査を行い、業務改善命令を出させます。これは企業にとってコストになります。
したがって、各企業主は、労災が起きたことを隠そうとします。
まさに、このケースでした。
しかし、一度決定したことはひっくり返さないようにできています。
企業ー病院ー労働基準監督署の三者(企業・行政・医)は固く結合していて守りは完璧でした。
この障害は生まれつきのものであると云って、譲らない三菱病院の医師××先生。
事故直後になした最初の診断が誤っていたことを認めさせる闘いとなりました。
三位一体の労災隠しを解体することは行政の仕事をまともにさせることでもあります。
労災事故や職業病にあった人たちが治療を受け回復して社会復帰していく社会でありたいものです。
早速、この事件は労災隠しであること、医師・行政・企業が一体となっていることを訴えるビラ配布をしました。
労働監督署との団交では、この最初の診断書とそれを追認した岡山労災病院の診断書がある限り認められないとの結論でした。
それで最初の診断書を書いた三菱水島病院との交渉の末、やっとの思いで、何とその初診医は誤診を認め、診断書を改めてくれました。敵ながら、自らの非を認める勇気に感嘆しました。
こうして、労災認定がなされ、その後治療がつづけられ、休業補償を得ることもできました。
支援した人もみな喜びました。
資本主義の発展・高度成長は内に対して多くの労災・職業病をもたらし、外に対しては公害をもたらしてきました。
労働者の健康破壊という犠牲をともなっていました。
今、地球の気候変動、CO2の発生が大問題となっています。金の有る者もない者も等しく、解決すべき人類共通の課題となっているのです。
まずは、公害問題がどうであったのか、その現実を見ることが必要ではないでしょうか。
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