同日、10月21日 どんな集団行為が行われるのか、私がどういう行動をとるのかは知らされていません。
逮捕されるかもしれないことは覚悟の上です。
じゃあ、どうしてそんな気分になれたのか―それが問題です。
今となっては、自分でも明確に第三者に説明することはできません。
その理由は後づけ―50年後の―ですが、いくらか説明がつきます。それはこういうことだと思います。
①就職していれば、そこでの闘いもあるだろうと。
このまま大人しくして単位をとり卒業して就職したらどうだろうかとも思いました。
今まで思い切り勉学や学問をしなかった分、就職したら今度は頑張れるという自信はありました。
自分を大事にし、育てていくことが仕事を通じてできる。自信もありました。
そうすれば楽しいこともあるだろう。まずは就職してからでも遅くはなかろう。
いったん就職し、サラリーマンになるのも悪くはなかろうと、思ったことも事実です。
②私が希望していた就職先は、語学が好きなことが活かせる商社でした。
第二次試験の面接で落とされました。実際にはその準備としての学びをしていなかったのです。
③4回生になって勉強をしてこなかったことへの反省。
これまでの怠惰な学生生活に終わりを告げたかったのです。今までの自己と決別するためには、新たな再生のエネルギーを必要としていたのではないでしょうか。
どうやら私はダメになってしまわないと、立ち上ることができない性情ではないでしょうか。
普通に勉学にがんばれた人達は力がついているのに、自分には力がない。こうしたみじめな自分を再生していくのに、あえて極左集団・行動に走っていったのでしょうか。果たしてその目的は達成されたでしょうか。転機となりえたのでしょうか。
孤独感とか、上昇気分とかは誰にでもあります。
ダメだとか、自分が怠惰なのではなかろうかということも同じです。
だから、決心―決意したことは、そこに直接の原因があるわけではないのです。
自己嫌悪とか自己否定は私に限ったことではない。資本主義社会では、学生は労働者予備軍です。
少しでも有利な地位を得るために、分断と激しい競争がある。奴隷主は直接奴隷を支配することはありません。奴隷の中から中間管理職を養成していく。そのための大学教育です。
中間管理者は悲しい使用人です。企業の増殖していく資本の論理には逆らえません。
どんな動機であれ、戦争という抑圧の最たるものに立ち向かっていくのは人間の情であり、論理です。
「ここがロトスだ、ここでとべ」という言葉があるではありませんか、あえて言えば「時代の状況・フンイキ」であったと思います。
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