香港、九龍地区にあった啓徳空港に降り立ったのは、1994年ではなかっただろうか。
日本の優位性があった時代です。街中にゲーム、音楽CD、ファッション店、テレビドラマ、日本語学校があふれていました。
酒井法子のポスターがビルのドアに貼られていました。日本人企業もたくさんあり、ネクタイを締めている人を見れば、日本人でした。もう一つの見分け方は、よくお辞儀をしている。お辞儀とネクタイが日本人と韓国人の違いだという。
香港人の日本人の印象は「よく働く人」でした。
当時香港人に日本についてのイメージを聞いたところ、次のようでした。
①きれいな、安全な国
②社会モラルが高い
③よく働く
④モノをつくるのがうまい
この次は何かと聞くと、これは云いにくいことだと断った上で「ポルノ」だと。
目の前にいる人の国をポルノだというのはいささか遠慮しているのです。
よくある香港人からの質問では、
①日本では主婦は働かなくて子供の面倒、炊事(料理)、掃除をするというのは本当ですか。―だったら奴隷ではないか。
②日本では家族が自家用車を2台持っているというのは本当ですか
③あなたは持ち家か、賃貸マンションなのか
私は日本人を彼らがどう呼ぶのか、関心がありました。日本人をジャパニーズとはほとんど言いません。ヤップンと広東語で云います。香港の人をチャイニーズだと云うと、ほとんどの香港人はそれを嫌います。
香港ピープルだというのが良いようです。シンガポールでも同じように言います。
次に問題となったのが英語力です。
私が香港に行く5~10年前からさかんに国際化が叫ばれ、松山でも英語塾ができていました。
何しろ大学卒業から20年近くたっているので、やろうとすることに躊躇がありました。めんどくさいのです。
松山のある英語塾にどんなコースがあるのか、どんな勉強の仕方をするのかを聞きに行きました。面接人は、あなたの英語力をまず調べると云って、質問に英語で答える即席のテストをされました。
「初級からやる必要があります。初級コースは50万円余ですのでここに振り込んでください」
―ちょっと待ってください。途中でくじけたら金は返ってくるのですか。
「それはあなたの責任だから、返しません」
こうしてそそくさと逃げ帰りました。それで独学で英語を勉強しようと思い立ったのです。
私はその時アメリカで古本屋をしようかと、淡い希望を持っていました。
まず会話をマスターするためにCD付きの本を買い、それをそのまま記憶しようとしました。
その次に商業、経済、経営の原書を買って、毎晩少しずつやりました。
ウォールマートの創始者の自伝は、辞書を引きながら読んでいきました。
洋・外書というものは、最初の数ページは知らない難解な単語が出てきますが、進むにつれて楽になります。同じ単語が繰り返し出てくるから自然と覚えるのです。
述べている内容が重要ですから、内容理解がさらに英語力を付けてくれます。
また、これは香港出店のときに学んだことですが、英語は知らなくても仕事はできます。
外国への出店は、日本でのそれと基本的には同じです。法的届出―税―賃金―テナント契約などはすぐにわかります。ほとんど日本と同じです。
知らないこと、理解できないことがあってもいいのです。相手に聞けばいいことです。
それでもわからない場合は更に聞くのです。香港人は新しくやってくる人間に対して親切で優しい。
また、私の子供が行っていた幼稚園のキリスト教会から「聖書を英語で読む会」にきませんかのお誘いがありました。
もともとマルクスを勉強した私にとって、キリスト教の世界とは接点があります。これをいい機会とさせていただきました。
英語学校には行きませんでした。英字紙と辞書だけの勉強です。
マルクスの宗教批判そのものを何とかして理解しようとしましたがまあ、これは理解できませんでした。
日本には仏教は根付いていますが、キリスト教は異教です。
キリスト教を学ぶにしても、聖書をテキストとして学ぶのが王道です。一年近く教会の日曜礼拝の後、アメリカ人から学びました。
新約聖書を一条一句注解するのですから、その上に旧約聖書を読まないと前に進みません。
熱心なクリスチャンのおばさんに「キリストの愛」を実践するのはとても難しいというと、彼女は「イエス・キリストは神だからできたことであって人間にはできない」とお答えになりました。
聖者にはなれません。人間はSelfishなのです。
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