【問い】写楽堂さんは、フジで外販をやっていましたね。どんなことがきっかけだったのでしょうか。
答:
一号店 清水店では店番に交代で人を雇っていましたが、お客も少なく給料の支払いにも困るさまでした。
そのとき、お店に来ていた私と同年代の人に、仕入れも良い本が集まらん、人も来んといった話をしました。すると、その人からフジでいま古書市をやっているよと教えられたのがキッカケです。
その人は親切なことに、すぐさまフジ商品部に面談のアポを取ってくれました。
やがてフジの全店に毎週出かけていくことになりました。
【問い】フジではどんな本が売れましたか?
答:
立地、場所によってこんなにも売れるものが違うのか、売り上げが違ってくるのかを知りました。
高度成長期の中でもありましたので、スーパーの客層、主婦が読むような料理・手芸本がたまげるほど売れました。
まんがも良く売れました。
それから約2年程トラック1.5tに本をのせて、スーパーの店頭や催事場で愛媛県下の市に行きました。
ただ、フジは、大きな店舗では良く売れるのですが小さい店舗にも行かされます。小さい店舗では採算が合いません。
【問い】外販は何年ほどつづきましたか。それを何故おやめになられたのでしょうか?
答:
外販での売上げはだんだんと落ちてきました。
外販は、場所を一区画(スーパーの店頭)借りて賃料を払ってやるのですが、その設置と撤去はかなりの重労働です。
だが、このしんどさの中から、多くのことを学ぶことができました。
設置と撤去のコストがかかる点から、それでは松山市内に“写楽堂の支店をつくったほうが良いのではないか”ということになりました。
【問い】外販と8つの店舗を共にやっていく社員がいたのですね。
答:
はじめの2~3年間はうまくいきました。二股にかけた展開です。
一番多い時は、従業員(社員+パート)が70~80人位いました。
利益は出ないが、金は何とか回っていました。
答:
若い社員のX氏と店を取り仕切っていたY氏が双輪となって体制をとりました。
X氏は学生の頃からのバイト生でしたが、外販を全県下くまなく回って、フジの店頭での古本まつりをやってくれました。
もう一方では、市内に8か所、松前町に1か所の計8店舗を相次いで出店しました。
社員の勉強をはかるために古本屋のメッカ神田古書店街にも2~3泊の研修旅行に出かけるようにしました。
高田馬場の五十嵐書店や神田の中野書店は喜んでお店を見せてくれました。励ましてもくれました。
いい思い出がつくれました。古書店での本の価格は東京が中心となって決定されているので、そこで勉強してこようというわけです。
私とこの2人の社員は、この時期5~7年間はうまくいっていました。5年以上たつと、社員たちも商売を覚え、独立してやりたいと思うのは当然です。
この問題への解決が私の引き出しにはなかったことがすこし混迷の原因となった事件です。
■お知らせ■
2022年10月、実店舗復活オープン!店売り始めます!
2022年10月3日〜、毎週月〜金の12:00〜17:00に写楽堂安城寺店にて店売りを始めます。
詳しくはこちらからご覧ください↓
古本実店舗復活オープン!店売り始めます!