司会:
今日は街の古本屋さんというテーマで、いつ頃からどんな人がどのようにして相次いで出店していったのか、どんなお店だったのでしょうか、第2潮流の写楽堂社長とスタッフに聞いていきます。
【問い】いつ頃から出店ラッシュがはじまったのでしょうか?
答:
1982年頃、城北雑誌(道後北代店)が最初でした。
写楽堂は此花町にオープン、すぐに清水町に移転しました。
【問い】どれくらいのお店の広さで、どんなものが並べられていましたか?
答:
広さは10坪程度。主にコミック、エロ系雑誌が主でした。
答:
当時はまだ小説とか専門書はそれほど出回っていなかったのではないでしょうか。
テレビでアニメが放映されていました、
人気コミック(亀有派出所、ドカベン、ドラえもん、ゴルゴ13 etc)などは店に出すとすぐに売れる時代でした。
大きな声では言えませんが、ビニール本(エロ系)が良く売れていました。お客さんがどこで手に入れるのかわからなかったのですが、店への持ち込みが多かった。仕入れしてレジのそばに積み上げていくと、お客が勝手に掘り出して売ってくれということもあった。
【問い】第2潮流の2店舗の新規参入は、松山古本市場にどんなインパクトを与えたでしょうか。
答:
老舗の三店舗(明屋書店古書部、坊ちゃん書房、愛媛堂)にはあまり影響しなかったようです。
老舗店は場所的にも松山市中心街にあり、売っている本が固い本です。文学、歴史、社会学、経済学とかの固い本がおいてありました。写楽堂・城北雑誌の2店舗は中心から離れていて、柔らかい本が多いと認知されていましたからね。
しかし実際は、老舗店も結構エロ系も扱っていましたよ。
【問い】写楽堂対城北雑誌はどのような競合が起きていましたか?
答:
城北地区での競合は、城北雑誌が強かったです。道後樋又通りの写楽堂はちょっとショボイお客でした。
城北雑誌は個性的かつ妖しいお店、今のドンキホーテのようでした。特色のあるお店で若い人たちを引きつけていました。城北雑誌と比べると、写楽堂清水店は見劣りのしたお店でした。城北雑誌の勝ちでした。
【問い】城下の闘いに敗れた写楽堂、どう体制を立て直したのですか。
答:
ロードサイドに古本のスーパーを建てようと物件を捜していました。
スーパーには何故あんなにたくさんのお客がくるのかと思い、国道沿いの空きテナントを探していました。その時、山越に物件が見つかりました。
大家さんが言うにはこんなところでは本屋はやれない、もっと街の中心に行かないとダメだという位でした。1冊100円の本を売っては家賃は払えないのではないかと心配していました。実際には郊外の需要が大きかった。
新刊の本屋さんも、この頃にはダウンタウンから離れたところに、扇状のように拡がっていました。
写楽堂山越店をオープンしたのはヒットでした。
街中は確かに円状にお客がいるのですが、ロードサイドはずっと直線的な広がりがあります。車社会―モータリゼーションの発達で、若い消費意欲のある人たちは郊外にマイホームを持っていましたから。
■お知らせ■
2022年10月、実店舗復活オープン!店売り始めます!
2022年10月3日〜、毎週月〜金の12:00〜17:00に写楽堂安城寺店にて店売りを始めます。
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古本実店舗復活オープン!店売り始めます!