私が学生の頃初めて留置所に入れられたのは、東京築地でした。
築地署の地下一階に留置所があります。ここは蟹工船を書いた小林多喜二が拷問死した場所です。
一段と高いところに看守台があって、そこから6つ位の区切られた部屋が円状にあります。そこの3号に入れられました。
取り調べも日に1回位で、それも全部黙秘するわけですから、すぐに終わってしまいます。
警察拘置が48時間、それから検察拘置20日間合計して計22日間の拘留でした。
それでも取り調べは、留置所でただ座っているだけでは退屈でたまりません。取り調べのときはそれでも楽しみはありました。出前を取って食わせてくれるのです。
勿論そのお金は被疑者である私が払うのですが、その時に食べたカツカレーのおいしかったことは大感激でした。
その当時の少年課の年配の警察官にしても、佐世保や成田での闘いとか東大安田講堂での攻防はありましたが、余裕がありました。形式だけの取り調べをして、屋上に上らせて「昔は、ここから富士山がはっきりと見えたのだが」と嘆いてみせました。
公害であるスモッグに空が覆われていました。
内ゲバの時代の前だから、警察ものんびりとしていました。
房内の生活は、私の他に2名の窃盗犯がいました。
おそるおそる「窃盗って怖くないですか」と聞くと、「そんなことはない。夜になってからやるからな」とお答えになりました。すかさずもう一方の窃盗犯は「俺は夜やるのはいやだな、昼間やる」といいました。
夜やるのをノミというらしい。ノミさんはもう2か月も取り調べられているのであせっていました。警察署の留置所よりムショのほうがずっと暮らしやすいらしいのです。二度ほど行っているので、今度の事件では累犯加重とやらで3年以上になるとのことです。現場(窃盗の)に連れていかれて色々聞かれたが、思い出せないらしいのです。
いくつ位やっているのですかと私が聞くと、
「いちいち覚えてはいない。50~100件位やっている。調書を取る時刑事が『よく思い出してくれ』というが、そんなことは云われてできることではない。まあ刑事も立場があるだろうから。しょぼい現場(金額の少ない窃盗)を話すと、そんな小さいのはもうええから、もっと金額の大きいのを話してくれと云う。そしてその現場に連れていかれるが―そこは俺の現場ではないのだが―まあ刑事に恩を売るつもりでいい加減にしゃべると刑事は喜んでくれる。刑事と俺たちの関係というのはこんなもんだよ。100件やってたってそれが全部調べられたら1年以上かかるから、刑事の云うままにしているわけだよ」とウソぶく。
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